「明日の風」部員の投稿記事
※注 約30年以上前に書いた投稿記事です。
僕と君の吹けば飛ぶよなこの人生におけるよもやま話

第二期生 鷲尾 忠彦
私が明日の風に入会した動機はありません。きっかけはありました。そう私が現在いる下宿に、B氏という人がおり、その時B氏の所へ来訪していたS氏によって、純粋な当時一年生、18歳の操は、毒牙にかかったのでした。
そして茶話会に行き、ボーリングにつれて行かれて、くろうたのでした。そう、いわゆる、はまったの!というやつです。
私は、文化系のサークルに、小・中・高と全く縁がなく、大学では、どっちにしようかと思っていたところを、ワナにかけられたのです。
一年目、私はアメリカン・フットボール部にも入部しており、兼部者であり、ほとんど全く、明日の風との付き合いはありませんでした。しかし、S氏は色々伝達事項を伝えによく来て下さいました。それに感動してしまったのか、再び、はまったの!でした。
二年目、いきなり総務局長。なんかこりゃあ、という心境。わけのわからんうちに後期、副代表。すらごつやなかとか?と思っていると、ほなごつよ、という感じであった。
三年目、副代表。代表のワナから逃れ、ラッキーと思いきや、前期代表がほとんど姿なく、わてばっかりやっとる。なんなあ、わやじゃのうと思って、後期何もせず。
四年目、代表や。四年目にしてやっとれるかぁ、冗談じゃあねぇ、と思っとったがなってもうた。やれんのう、くろうたの、はまったの!と思う。前期、なんか知らんけど修了。他の人への心配と気の使い過ぎ等による疲労感のため失神。くろうたの。後期、何も考えまぁ、と思うても、頭痛のタネが、あっちからこっちから。もうやめた。やけじゃ!!
五年目、知らん。
そして私は、バイバイ。なんかこりゃ!!青春を返せ!!くろうたの!!やれんのう。今では、私は毎夜S氏の人形を作って、釘を打っている。アーメン
自己中心的創造
代表は、はっきりいって「うっとうしい」職である。しかしながら、監督というのは、「おもしろい」職である。
毎年のように、本作クランク・インの頃、そうですね、10月中頃あたりでしょうかね。各役員には、それぞれ心に期するもの、それが怒りあるいは喜び、何であろうとかまわないのだが、芽生えてくる頃である。その時、彼は、代表である自分と監督である自分と、どちらを前面に押し出すのであろうか。彼は思う。我々のクラブの活動は、映画創作である。つまり監督を押し出すべきだ。きっとわかってもらえる。また彼は思う。クラブは確かに映画創作のためのものだが、監督の立場を押し出し過ぎると、人間性さえ失われるぞ。彼は悩む。そう、10月中頃から12月の上映会まで、彼は悩み続けるであろう。そしてその結果、どっちつかずの彼は、ついに失敗作の映画を作り出すのであろう。
彼は、なりきれなかった。彼は、対人そして自分自身にも甘かったのだ。そして彼は反省する。甘さをとらなければ、と彼は思う。11月、クランク・アップ、編集、アフレコ、映画の完成。彼はその時、肩の荷をおろす。そしてその映画を観て考える。畜生、こんなはずでは…まぁ、そんなところだろう。そして彼は引退する。何が残るのだろうか。何も残らないのだろうか。それが彼の作品となってしまうのだろうか。
クランク・アップして完成された時の満足感がどれほどのものであるかは、人によって違う。彼は、2年前の作品で、その満足感を味わった。しかしそれは、他の人の作品であり彼自身のものではない。彼は思う。映画作りは、自己中心の世界であり、彼自身の世界、彼のファンタジーであり、それこそ心の中の叫びである。それを他人が何と呼ぼうが、それは彼自身のものであり、彼の奥底に宿る魂の叫びである。他人の言葉など無視して、自分の思うように、画像をカメラに叩きつけるのだ。
映画とは人間の考える夢であって、理論も助言も無用なのだ。エゴなのだ。

