七夕祭の歩み

七夕祭・・・この言葉を知らぬ山大生は、1人もいないだろう。 大学祭よりもなぜか盛り上がってしまう(?)FESTIVAL、酒と焼き鳥の臭いがキャンパス全域を包み込み、浴衣姿のギャルのゲタの音が響き渡る「夏の祭典」、それが七夕祭だ!
お祭り好きの「明日の風」も、過去4年間、当然のようにこの行事に参加してきた。ここで改めて、その歩みを振り返ってみよう。
明日の風の「七夕祭」
昭和56、57年は、共に教養部の教室を使い、「映画喫茶」という形式で行われた。映画を観ながらジュースを飲んだりアイスクリームを食べたり・・・という着想は良かったが、暗闇の中での食べ物の取り扱いは神技に近いものだった。また一年目の時には、映写機の中に虫が侵入し、途中で上映が出来なくなるという珍事件も起きた。
昭和58年以降は、模擬店と映画上映が切り離され、場所も教室から自転車置き場へと様変わりした。 部員の増加により模擬店を二軒出すという多角経営が可能となり、また、食品の質も部員の涙ぐましい努力によって年々向上してきている。
昭和59年には、店舗の装飾にも特に力が入れられた。
合宿の歩み

≪昭和56年≫
ところ:山口県萩市・指月ユースホステル
とき:10/5~7(2泊3日)
参加者:11名
★最初の合宿ということもあって、「ユース飲酒事件」、「時刻表騒動」等様々な珍談を残した。関係者各位の名誉のため、詳細はKANBEN・KANBEN
≪昭和57年≫
ところ:山口県萩市・指月ユースホステル
とき:7/12~13(1泊2日)
参加者:7名
★参加者のうち、T氏以外は全て役員であったこの合宿は、別名「役員慰安旅行」と呼ばれ、M女史の「肉うどん、リッチでしょ!」の迷言を生んだ。
≪昭和58年≫
ところ:福岡県糸島郡・大倉屋シーサイドビラ
とき:7/13~15(2泊3日)
参加者:15名
★自動車3台、バイク3台を繰り出しての県外脱出は、画期的だった。ゆっくり飛ばそう中国縦貫…無事に帰れてよかったよかった!
≪昭和59年≫
ところ:大分県姫島村・赤石キャンプ場
とき:7/14~16(2泊3日)
参加者:13名
★代表W氏が突然の病に倒れ不参加となったが、部員の一糸乱れぬ結束により無事、終えることが出来たSummer Canp!飯ごうご飯が辛かった。

