OB会長祝辞

明日の風の皆様、並びにOB会の皆様、いかがお過ごしでしょうか? 早いもので「結成五周年」の迎えることになりました。 こうして迎えることができますのも「明日の風」の名という下に集まった総ての人々の努力があったからではないでしょうか? 思えば、スタート時は、人もいない。金もない。金がないから機材も買えない、といった具合でした。 しかしただ一つ、「良い映画を作りたい」と言う熱意は、みんなにあったような気がします。 それがあったからこそ、ここまで来れたのではないでしょうか? 本当に皆様、ありがとう! OB会長として、何よりも嬉しいのは、やはり「五年間よく続けてくれた」と言うことです。 私のみならず、他のOBの皆様もそのように思っていらっしゃることでしょう。 先日、山口を訪ねた時に、皆様の製作した映画を総て見せてもらいました。 技術的にも、演技的にも本当に上手くなったという感じがいたしました。 そして、各自がそれぞれの持ち味を出しているなぁと言う感じを受けました。 皆さん、結成五周年を期にもっともっと今まで以上に「明日の風」というものを大切にしていこうではありませんか? そして1月14日という日はたとえ何年たっても忘れることがないようにしていこうではありませんか。 最後に、初代代表、第二代代表、第三代代表、第四代代表の皆様、本当にご苦労様でした。 そして、第五代役員の皆様、頑張ってください。
OB会会長 村岡 圭三
五周年にあたって

明日の風の現役会員の皆さん、まずは結成五周年おめでとうございます。 思えば、この明日の風の発起人である菅原敏雄氏が「映画を創作するグループを作りたい。」という気持ちを私に打ち明けてくれたのが昭和55年の秋だったと記憶しています。それを考えると、時の流れの早さに改めて驚かされるばかりです。 グループ発足当時は全てが暗中模索の状態でした。「発足の基調」によって、ある程度の方向性は頭の中に描いてはいましたが、菅原氏をはじめ最初に集まった8名の諸氏の中で現在の明日の風の存在すら予測できた人は、おそらく皆無であったと思います。今でこそ、活動の方針や総括、あるいはグループの体制自体、ある程度確立されています。しかし現在の状態の全てが試行錯誤の繰り返しによって作り上げられたものである事は言うまでもありません。例えばミーティング会場1つとっても当時は教養部の学生談話室や経済喫茶を利用したことがありました。印刷機にしても椹野寮自治会や分科会、あるいはその他の外部団体のものを使用させていただいたりしたものです。とにかく当時の会員はグループの未来への期待と不安に一喜一憂しながらの活動だったと言えるでしょう。 明日の風と言う「河」の水源地はまだ見つけることができる現役会員の皆さんにとって五周年といっても「歴史」という感覚は無いかもしれません。しかし10年、あるいは15年後に明日の風と言う「河」の流れの中にある人々にはもはや水源地が直接見つけることができないのです。彼らが上流から流れてきたものの蓄積を見ることによってのみ「歴史」を知ることができるのです。まだ見ぬ彼らに素晴らしいものを残せるよう、皆さん頑張ってください。 今、結成五周年と言う美酒に酔いながら、このような機会に巡り会うことができたことに喜びを感じています。そして明日の風という「河」が多くの支流を持つ「大河」に発展することを夢見ながら、結成五周年に乾杯!!
第1期生 馬場 強
あっぱれ!!五周年

創立五周年、大変めでたいことと存じ上げます。そもそも日本人というのは、大体、何周年とかいう記念が好きらしく、大して区切りの良い年数でなくともこのアホのように盛り上がりを追い求めるのです。しかし僕はこういうのが大好きなのです。五周年記念---このように形式ばったお祭りが僕は大好きなのです。人生はつなぎです。流れるもの全てつなぎだと思います。流れ、勢い、なすがままという自由で且ついい加減な宇宙の中で、時間的な要所---別にくだらないポイントでも立ち止まり、ちょっとした過去と現在と将来をなんとなくみつめ、そして何より自己満足になればそれオンリーで良いと思うのですよ。 一口に五周年と申しましてもやはり、ひと口です。よくぞ、ここまでもったと言いながらも未だ未だ若いです。若すぎます。はっきりいって大学をストレートに進んだら、創立からこの5年という、実に竹を割ったような、その向こうにまさに5月の青雲を彷仏させるようなさわやかさ、それでいてどこかスリリング、そしてマイルドな響きのあるこの区切りに至るまでを経験し得なかったでしょう。ああ僕は日本人に生まれてよかった。ここだけの話ですが、恥も外聞もかなぐり捨てて、この5年を「歴史」と正直に銘打ったらどうでしょうか。その方が聞こえはいいし、カッコいいし、なんか知らんが嬉しくなっちゃいますね。もうこうなりゃあ大げさの大盛り、はったりの役満、ノリの最上級、楽しいヤケクソで、五周年を祝いましょう。 5年のうちの半分も知らない私ですが、創立当時の発進からロー、セコとギアを変える時期、多くのご苦労があった事は、小耳に挟んだような気もします。とってつけたようなまとめですが、それを明日の糧としてじゃあーりませんか。たかが五周年、されど五周年です。ああ玉杯に花うけて、明日の風に栄あれ!!あっぱれ!あっぱれ!めでたし!めでたし!
第4期生 柳川 尚孝
「明日の風」五周年にあたって

この度は8ミリ映画創作グループ明日の風創立五周年おめでとうございます。私が山口大学に入学してそろそろ4年、明日の風に入部して2年が過ぎようとしているが、この間の多くの公式、非公式活動を通じて数多くの教訓を得ることが出来た。 部員全員が一つの目標(本作品の制作)に向かって力を合わせる時のチームワーク、各人の思いやり等、学んだことは多い。 と、ヨイショはこれぐらいにしておいて、当然の事ながら、良い所があれば、悪いところがあるものである。ここであえて私は明日の風の体質について苦言を申し上げたい。 明日の風というクラブは、その性格上、上級生と下級生の壁がほとんどない状態である。それは良いのだが、あまりにも慣れ親しみ過ぎて、公私混同的な行為が多々見受けられる。(過去の事ではない。現在もそうなのである。) 上級生、下級生を問わず、他人の持ち物、所有物をさも自分が使うのが当然といった様な態度、口のきき方等で搾取している現状においては、下級生の上級生に対する信頼感が得られないのはしごく当然の事と言えよう。 別にはっきり筋を通せとか、ヤンキーみたいな事を言っているわけではないのだから、ここのところをキチンとわきまえてほしいものである。気がついていないかもしれないが、このことで泣き寝入りしている人もいるのである。 自分の偉そうにこういうことを言える立場ではないのでだが、この体質を改善しない限り、今後の明日の風の発展は望めないと思う。1、2回生諸君!今後10周年、15周年に向けて、後輩たちに恥ずかしくないような明日の風を作り上げていこうではないか!明日の風万歳! 失礼致しました。
第2期生 前原 信哉
教養講座Ⅱ「映画の現在社会における位置」パート1

まずは「明日の風」五周年おめでとうございます。菅原先輩が作ったこのクラブも数々の思い出を作りだし、また映画製作という活動を今日まで続けられたことは、誠にもってすばらしいことであり、またそれなりに苦労も多かったことと思います。 私はこのクラブに入って今年で三年目、月日の流れの速さに我ながら驚くばかりで、ついこの間までは下級生で何もわからない純情な一少年だったのが今は完全に堕落した大学生へとなりました。これも明日の風というクラブに入ったばっかりに、麻雀という恐ろしい悪魔の誘惑に負けてしまったばっかりに、、、もし私が麻雀というものを知らなければ、きっと大学は首席で卒業し、超一流企業にはいり、貯金が趣味の私は一気に株で勝負して10年後は政財界の大物・日本の黒幕になるのは言うまでもなかったことである。一言「新入生よ、麻雀だけは、これだけは覚えなさい!」ローン大三元字一色四暗刻天和! 本作、コンパ、合宿、七夕祭、、、etc、書き始めたらキリがないので簡単に振り返ってみます。本作なんといっても「光彩」ですかね。シナリオからコンテ、全て理にかなった映画製作というものを見せていただきました。ましてカメラマンからして一流でしたからいい映画でした。「夜が明ける前に」これは駄作を追及した近年まれに見るパープー映画です。ハイ、、、「コンパ」これはあまり思い出したくないことばかりである。酒の掛け合いで始まり醤油で終わった忘年会、いやー恥ずかしい。私は断言します。酒は弱いです。酒なんか大嫌いだ!ピヨピヨ 最後に菅原先輩、及び4期生、OBの方々本当にご苦労様でした。 これからの明日の風が大いに発展していくことを期待して(どうかな?)いって下さい。 「映画って本当に素晴らしいものですね。」

